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首から上の守り神 |
脳天大神 |
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noutenookami |
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脳天大神境内 |
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吉野山脳天大神 |
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昭和26年、当時の金峯山寺管長であった五條覚澄大僧正猊下 ( げいか )が、新しい行場を開くために、蔵王堂の裏の谷間を下っていったところ、子供たちにいたずらされ、頭を割られた蛇が死んでいました。
子供たちをたしなめ、その蛇を近くの洞窟に安置し、回向を手向けて帰りますと、その夜、「われは蔵王権現の変化神・脳天大神( のうてんおおかみ )なり、先ほどの蛇は人々の苦しみを、あのような姿に変えて見せたのである。多くの人々の、特に頭の病や、悩み苦しみを救う為に、われを脳天大神として祭られたし。」という霊示をうけ、
この地に、脳天大神を祭祀することとなったのです。
それ以来たくさんの人達が脳天大神の不思議をいただかれ、その御霊徳によって、この吉野の深い谷に多くの参拝者が一年中絶えることなく訪れるようになり、首から上の病気だけではなく、色々な願いを持った方々、又は入試合格を願う人々の大祈祷所として『脳天大神-のうてんおおかみ』は『のうてんさん』または『脳天大神-のうてんだいじん』などと呼び親しまれて、日本国内はもとより遠く外国からも、たくさんの人達が参拝されております。
当山の脳天大神は北海道別院として、その御分霊をおまつりしております。
また、最近では小樽のパワースポットとしても人気を集めております。
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大祐山 |
蔵 王 寺 |
daiyuzan
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zaouji |
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蔵王寺本堂 |
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本堂内陣 |
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当山 蔵王寺は、眼下に石狩湾を一望し、手稲山の山すそに抱かれた、大自然を道場とする山岳宗教であり、金峯山修験本宗( きんぷさん しゅげん ほんしゅう )-修験道-の寺院であります。
修験道は、大自然の霊気の中に身をおいて、改めて自己を見つめ修行することによって、自然と一如の境地を目ざす、実修実験の宗教であります。
日本には、昔からお参りするだけで我々人間の罪、穢れ(けがれ)が浄められるといわれる九品浄土( くぼんじょうど )があって、本山( 奈良県吉野山 ) 金峯山寺( きんぷせんじ )は、その一つで金峯山浄土といわれ、はるか奈良、平安の昔から人々の信仰を集めてまいりました。
当山は、その金峯山寺の別院となっております。
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蔵 王 堂 |
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大護摩供 |
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金峯山寺(きんぷせんじ)は、白鳳年間(七世紀後半)、修験道の開祖役行者(えんのぎょうじゃ)によって開創されました。
役行者は金峯山(きんぷさん)山上ヶ岳において、一千日の苦行をされ、衆生済度のために金剛蔵王大権現を感得し、そのお姿を桜の木に刻み、山上ヶ岳と、山下の吉野山におまつりされました。
これが蔵王堂のおこりであり、金峯山寺の草創であります。
奈良時代から平安時代にかけて、多くの宗教者や貴族が金峯山に入山しており、修験道の発達と共にその聖地となり、修験道の根本道場として尊崇されるようになりました。
また役行者が桜の木で、蔵王権現のお姿を刻んだことにより、桜の木が蔵王権現のご神木として、とても大切に愛護されてきました。又参詣する人達がお供えにと、桜の木を献木していったので、しだいに増え今日の桜の名所・吉野山となったのです。
本堂の蔵王堂は重層入母屋造り、木造建築物として東大寺大仏殿につぐ大きさで、国宝にも指定されています。
平成2004年には、この金峯山寺をふくむ『吉野・大峯』が、『熊野三山』『高野山』の三霊場とそれらの霊場への参詣道・『紀伊山地の霊場と参詣道』として世界遺産に登録されました。
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